回答
▼まず、日本語の違いについてです。
「数十年後には、一夫一妻制こそ原始的な制度だと笑われるかもしれないのです。」
→
この文は、将来ある時点で「そう評価される」という可能性を述べています。
焦点は、【未来に起こり得る評価や出来事】にあります。
将来、価値観が変化し、その結果として「笑われる」という状況が生じるかもしれない、という予測です。
一方、「数十年後には、一夫一妻制こそ原始的な制度だと笑われているかもしれないのです。」
→
こちらは、数十年後という未来のある時点に立ってみたとき、すでにそのように見なされている状態になっている可能性を述べています。
出来事そのものというよりも、【その時点でどういう扱いを受けているかという状態の描写】に重心があります。
ただし、日本語ネイティブの感覚では、この違いは決定的な意味差というよりも、
「動きに焦点を当てるか」「その時点の状況に焦点を当てるか」という程度のニュアンス差です。
どちらも本質的には「将来そう評価される可能性がある」という内容を共有しています。
▼次に、英語での表現についてです。
英語に訳す場合、どちらの日本語の文も、例えば次のように表現されます。
Monogamy may be considered(seen) a primitive system a few decades from now.
※英語の場合は、どちらの日本語も、同じ英文になってしまいます。
ここで用いられているのは「may + be + 過去分詞」という形で、未来の可能性を表す標準的な言い方です。
理屈の上では、「笑われているかもしれない」に対応して、
未来の進行受動態(may be being laughed at)のような形を考えることもできます。
しかし、実際の英語ではそのような形は非常に不自然で、ほとんど使われません。
英語ネイティブは、この種の意味差を時制で厳密に区別しようとはせず、語彙(considered, seen など)で自然に表現します。
したがって、英語ではこの二文の違いは、時制の違いとして明確に区別されるものではありません。
どちらも「将来、そのように見なされる可能性がある」という一つの構文で自然に表せます。
※今回の日本語の文は、英語に訳すと区別がほとんどできないので、英語を介して理解するのが難しい(余計に混乱する)パターンだと思います。
