回答
従属節(if 節)は仮定法未来です。でも主節はそうではありません。日本の学校で習う、主節に would を使う形になっていないので、変に思われたのだと察します。確かに変な形ですが、使います。
仮定法は、現実とは異なる話をするときに使います。それが仮定法未来なら、現実には起こりにくい話です。
if 節は「足を滑らす可能性は少ないけども、もし滑らしたら」という意味合いなので、仮定法未来を使います(if S were to V)。
しかし、この主節は、現実と異なることではなくて、現実そのものです。手すりは、人が足を滑らせようがしまいが、無いのです。もしご質問のように、would を使うと、
There would also be no handrail to support them if they were to slip.
「現実には手すりがあるのだけども、彼らが万が一、足を滑らせたときには手すりが無い」のような意味になります。まるで手すりが消えてしまうかのようです。
実際に手すりは無いのですから、この主節は、
There is also no handrail to support them …
と、現在形で事実を述べています。
(日常の会話では「There would also be no handrail…」と言ってしまっても、手すりが消えたり現れたりしないことは誰でも分かっていますから、誤解されることはありません。)
学校で習う仮定法未来の基本型は、主節は if 節の結果になっていて、would を使います。その形で言い換えると、例えば次のようになります。
There is also no handrail to support them. If they were to slip, they would not find anything to hold on to quickly.
There is also no handrail. If they were to slip, they would not be able to support themselves.
They would not find a handrail to support themselves if they were to slip.
主節の主語と if 節の主語が同じなので、分かりやすいです。